四国遍路に達成感はあったのか?

途中ロープーウェイに乗ったり、お接待の車に乗せてもらったりしたものの、ほとんど四国88ヶ所を歩いて回りました。

その経験から言わせてもらうと達成感はありました。大窪寺では、「よく回ったものだ」と思いましたね。

正直、全工程を完全に歩いて回るなんて全く考えていなくて、すきあらば電車でもバスでも乗ってやろうと思ってたんですが、お大師様の計らいか横着は出来ませんでした。

現実問題として四国の公共交通機関、本数が少なすぎて結果的に歩いたほうがマシだったんです。

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四国遍路満願達成後に思ったこと

色いろあるでしょうけど、やっぱり88ヶ所満願すれば達成感ありますよ。ちょうどRPGゲームみたいなもので、「焼山寺の遍路ころがしはやっぱりきつかった」とか、「高知の道はいったいいつ終わるのかと思った」とか、「あそこの宿の料理はうまかった」とか、やった人だけが分かる共通の話題が出たりしますし。

「なにか悟れましたか」と質問されたりするんですが、これについては残念ながら「なにも悟れませんでした」というのが今の自分の答えですかね。

遍路に出たのは会社をリストラされたからというのもあって、「なんでそんなことになったんだろう」ということを考えてみるというのもあったんですが、実際にはそんな余裕はなかったです。

歩きながらちょっとは高尚なことも考えるだろうかと思っていましたが、残念ながら全くそんなことはありませんでした。

考えていたことといえば、次の札所までの距離、次の宿までの距離、身体が痛い、足が痛い、というようなことばかり。

本当の難所ではそもそも考えてる場合じゃなくて、何も考えずに足を動かさないと進まなかったですし。

もうちょっと風景がキレイだとか、楽しいことも色々考えればよかったんでしょうが、そういうのはほとんどなかった気がします。

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そんな中で思い出すのは人のありがたさでしょうか。

道に迷った時に一緒に歩いて道案内してくれたおじいさんとか、コンビニの前で靴紐を結んでいたらおにぎりをくれた学生とか、お弁当を持たせてくれた宿のおじさんが書いてくれた手紙とか。

そういうことで、色々思い出すことがあります。

物騒なこともあると聞きますが、ありがたいことに自分はそういう目に合わずに済んだようで、みないい人だったと思います。

もう一回行きますかと言われたら、体力が続かないから無理というかも知れませんが、やっぱり苦しいところを歩いて回ったから達成感があるんだと思うんです。

車で回るのもいいんでしょうが、歩きならではの達成感があると思いますので。

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